It always seems impossible until it’s done.
WBCのNetflix独占は “テレビの静かな解体” である

WBCのNetflix独占は “テレビの静かな解体” である

Yoshiteru Umeda|楳田良輝前略。

結論が出る前の話や
手ざわりの残る出来ごとなどを
余白にて、書きとめています。

今回は、
WBCのNetflix独占は “テレビの静かな解体” である
という話です。

 

侍ジャパンが「有料配信」という騒ぎ

2026年のWBCがNetflixによる独占配信になったことで
「ついに侍ジャパンも有料配信か」という声が広がった。

しかし、この出来事を単純に
「テレビ局の敗北」と理解してしまうのは早計だろう。

むしろ今回起きているのは、
スポーツ放映ビジネスの構造変化 である。

その転換点が、今回のWBCなのだ。

本丸は2029年以降のMLB放映権

この動きの背景にあるのは、
2028年で期限を迎える MLBの日本国内放映権 だと考えている。

現在、大まかにはこういう仕組みだ。
日本での権利は電通がMLBから「マスターライセンス」を取得し、
NHK(民放各局)・BS/CS・ネット配信などへそれぞれ再販売する形で流通している。

しかし、大谷翔平選手らの世界レベルでの大活躍によって、
MLBの価値は日本でも大きく跳ね上がった。

一説では、
ゴジラ松井選手やイチロー選手が活躍した時代には
年間10億円程度だったらしい放映権料は、
今では150億円前後になっているという(電通原価は100億円前後)。

そして、そのうちの8〜9割程度を
放送(主にBS)に関する権利を「サブライセンス」として得るために
NHKが負担しているというのが一般的な理解だ。

しかし、次の2029年以降分の契約更新では、
その放映権料はさらに倍増(300億円以上との噂)する可能性が高い。

すでに、
日本のテレビ局の広告収入では到底支えきれない水準 まで来ていたが
円安基調も長くつづく中、NHKをもってしてもその継続は容易でない。

つまり、テレビ広告や受信料を源泉として回収するモデルそのものが、
今回のWBCやW杯のようなナショナルライブ・イベント(国民的行事)以外でも
徐々に成立しなくなる。

昨年、日本人選手が出場する一部試合の配信の権利をAmazonが取得し、
Prime Videoの広告モデルの目玉的にしたことは記憶に新しい。

しかし、それも2029年以降もつづくとは限らない。

そんな近未来を見据えたとき、今回のWBCの一連の騒ぎは
次のスポーツ放映モデルの実証実験 として位置づけられているように見える。

ただ、そんな2026年WBCのNetflix独占中継の契約も
電通を介してのものではない、というのが一部で報じられている話でもある。

電通はテレビを捨てたのか

この一連の流れを見ていると、一つの仮説が浮かび上がる。

それは、電通がテレビ放送(広告・受信料)というモデルに静かに
見切りをつけ始めているという可能性である。

もちろん、地上波テレビを完全に捨てるわけではないだろう。

むしろ逆だ。

テレビ局が支えきれなくなった高額なライブスポーツ中継のコストを
Netflixのような配信プラットフォームに肩代わりしてもらう。

そしてテレビ局には、
特集番組・ドキュメンタリー・前哨戦の中継といった
周辺コンテンツの制作と、地上波での広告枠提供を担ってもらう。

整理すると、新しいモデルはこうなる。

    • 権利・資本: Netflix等のグローバルプラットフォーム(莫大な資本力)
    • 制作: 日本のテレビ局(熟練の現場リソース)
    • 宣伝・周辺: 地上波テレビ(依然として強い認知獲得力)
    • 収益: 配信の「高単価ターゲティング広告」+テレビの「マス広告」

こうして、高騰しすぎた放映権料を、各プレイヤーが役割分担して切り分ける
新しいスポーツ放映のエコシステム が作られつつある。

もしこれが狙いだとすれば、なかなか巧妙な設計である。

  • 配信プラットフォームはコンテンツを得る
  • テレビ局は制作と従来広告を維持する
  • そして電通は、その両方の流通に乗る・握る

一見、誰も完全には負けない構造 ——
言ってみれば、三方よしの新しい放映モデルである。

電通は、もはや『テレビの枠を売る代理店』ではなく、
この複雑な「利害関係の設計者」へと変貌を遂げている。

ただし、この三方に「視聴者」は含まれていない

広告モデルの二層化

今回のWBCは、広告主の視点から見ると、
その広告モデルも変えている。

本番の試合は、Netflixの広告枠を購入することになる。

早々に完売したが、
この広告単価は地上波よりはるかに高いCPMだったはずだ。

広告主は「安く広く届く広告」ではなく、
高いが確実に届く広告」を買うことになった。

一方で、
特番・前哨戦・関連番組は従来通りの地上波CM枠として販売される。

結果としてスポーツ広告は、
配信の高単価広告+テレビの従来広告 という二層構造へと変わっていく。

さらに広告主(スポンサー)の露出は、配信・放送画面の中だけではない。

今回の大会では、
商業施設・都市イベント・パブリックビューイング・ファンイベント
といったリアル空間でも多く展開されていると聞く。

当然、それらも仕切る形となる。

スポーツ広告は「広く薄く」から「熱狂の中で深く」へと変わりつつある

有料視聴という新しい習慣

有料配信の成立に重要なことは、
視聴者も先の「三方よし」に加わってなければならないということである。
そのためには有料視聴への心理的ハードルを下げる必要がある。

そのため配信サービスは初月割引キャンペーンなどを通じて、
「映画一本より安い」という感覚を作っている。

他サービスとのセット割引なども旺盛だ。

いずれにしても、一度でも課金してもらえれば、
“スポーツは有料配信で見るもの” という習慣は定着 するからだ。

2029年以降、大谷翔平はどこで見られるのか

もし今回のWBCで ——

      • 有料配信でも視聴者はついてくる
      • ハイブリッドの広告モデルも成立する
      • 従来のテレビ広告は周辺番組として機能できる

—— という形が確認できれば、
2029年以降のMLB放映権は配信プラットフォーム中心へと移行していく可能性が高い。

米国でも、ESPNが持っていた権利をNetflixがあらたに取得した。
Netflixは、WBD買収からの撤退で28億ドル(約4,300億円)もの
巨額の違約金を手に入れている。
それをさらに次の投資とすることもできるだろう。

いま起きているのは、テレビという装置の静かな解体である。

本番のスポーツ興行は配信で。
制作機能はテレビ局に。
宣伝は地上波で。
熱狂はリアル空間へ。

—— スポーツ放映は一つの媒体から複数のメディアへと分解 されていく。

私たちが今見ているのは、
単に国民的関心の高い「野球中継」ではない。

日本のメディア構造そのものが次の時代へ移るプロセスである。
その答えが出るのは、2029年だ。

さて、そろそろ試合開始の時間だ。今日の第2戦をNetflixで楽しむとしよう。

 

(楳田良輝)