It always seems impossible until it’s done.
柿ピーの夜、テレビの未来

柿ピーの夜、テレビの未来

Yoshiteru Umeda|楳田良輝前略。

結論が出る前の話や
手ざわりの残る出来ごとなどを
余白にて、書きとめています。

今回は、
柿ピーの夜、テレビの未来──配合という思想について
という話です。

柿ピーの音

袋を開けると、
あの乾いた音がする。

冬の夜、
少し濃いめのウィスキーと、
いつもの大袋。

机に広げるまでもない。
手を入れればいい。

だが、数回目で気づく。

……また柿ピーだ。

嫌いではない。
むしろ好きだ。

でも、こうも続くと、
少し可笑しい。

どうして、こんなに多いのだろう。

均等ではない、という設計

翌日、思い立って
袋の中身を全部出してみた。

6種類。
やはり柿ピー系が多い。
アーモンドは少ない。

計ってみると、
アーモンドは全体の約6%だった。

テレビCMでいうF1比率と、
だいたい同じくらいだ。

入ってはいる。
だが、多くはない。

全体は整っている。
偏っているようで、偏っていない。

それは偶然ではない。
この袋は、誰かが決めた比率でできている。

全員がそこそこ満足するように。
大きく外れないように。

優れた設計だ。

ただし――
それは「私のため」の設計ではない。

 

妻はアーモンドしか食べない

妻は、この袋をあまり食べない。

けれど、
アーモンドだけは取る。

その量は、ほんのわずかだ。

総量は大きい。
単価は安い。

けれど、
欲しい成分は薄い。

全体としての効率と、
個人の満足は、
必ずしも一致しない。

ジャイアントコーンは、入っていない

そして、もうひとつ。

私がいちばん好きな
ジャイアントコーンは、
この大袋には入っていない。

そもそも設計の対象外だ。

だから、私は別に買ってくる。

小さな袋を開け、
静かに混ぜる。

誰かが決めた配合に、
自分の好みを足す。

最初から入っていないものは、
自分で持ち込むしかない。

リニアTVという大袋

リニアTVは、
この大袋に少し似ている。

広く届く。
単価は安い。
安定している。

全体最適の設計。

だが、
薄い層もある。

そして、
最初から含まれていない層もある。

CTVは、混ぜ直す力

CTVは、小袋のように分かれている。

選べる。
調整できる。
足すことができる。

それは補完ではない。

配合を変える、ということだ。

足りないものを厚くする。
入っていなかったものを、初めて混ぜる。

コンバージドTVという再設計

コンバージドTVとは、
足し算ではない。

一度、机の上にすべて出す。

比率を見る。
足りないものを知る。
入っていないものを確かめる。

そのうえで、
もう一度、混ぜる。

そして、
リニアで広げる。

リニアは、
設計された構造を
一気に拡張する装置になる。

配合を決めるのは誰か

柿ピーが多いのは、
悪いことではない。

それは、
売れるための設計だ。

問題は、
その比率を誰が決めているか。

メーカーか。
リテールか。
それとも消費者か。

テレビ広告も、
既製のアソートを買う時代から、
配合を設計する時代へ。

本当のお好みは、
自分で決めるしかない。

配合を決めるのは、
もう売る側だけではない。
私たち、買う側でもある。

そして、
その設計図を持ったとき、
リニアも、CTVも、
同じ方向に、静かに動き出す。

 

(楳田 良輝)