テレビ広告の未来は「リーチ+意味」へ
2020年のプログラマティカのMBO以来、続けてまいりました「プログラBLOG」は今回が最後となります。
長きにわたり拙文をお読みいただいたみなさまには感謝いたします。最終回は、2025年10月15日に登壇させていただきました「SSKセミナー」の講演内容からの要約紹介です。当日、会場にお越しいただいたみなさま、また後日のアーカイブなどをご覧いただくみなさまには御礼申し上げます。私もアーカイブ配信を楽しみにしております。ご覧いただける方は、ぜひ、その事前のご参考になさってください。
一応、本ブログも単発の "読み物" としては成立しております。
※本稿は2025年10月15日開催SSKセミナー「テレビ広告の進化」での講演内容(「コンバージドTV」におけるテレビ広告について)を再構成したものです。
1. コンバージドTVとは──“視聴者の体験”を軸に統合する発想

「コンバージドTV」という言葉は、初めて聞く方も多いかもしれません。
コンバージドTVとは、リニアTV・コネクテッドTV(CTV)、さらにはPCやスマホまでを含めて「ひとつの視聴体験」として統合的に捉える考え方です。従来のクロスメディアは、広告主が複数メディアを横断的に活用するものでしたが、コンバージドTVは "視聴者の体験" を中心に統合する発想です。
つまり、「放送と通信の融合」は、技術や理論の話だけでなく、マーケティング構造そのものの再設計を意味します。
2. テレビ広告の「再定義」が始まっている

2025年、テレビ広告の世界は確実に変わり始めています。
米国では今年5月、Nielsenの調査レポート「The Gauge」によると、ストリーミングの視聴時間がリニアTVを完全に逆転しました。この出来事は、単なる視聴環境の変化にとどまらず、「テレビ広告」という産業の根幹を揺さぶる構造変化を物語っています。
日本でも2024年、ネット広告費はテレビ広告費の1.7倍にまで達しました。ただ、テレビメディア関連の動画広告だけで見ると、その比率はまだ5%以下です。「テレビはまだ主役」と思いたくなるかも知れません。しかし、重要なのは "規模"ではなく"構造の変化" です。家庭内の最大スクリーンというテレビ画面の存在感は残りつつも、取引指標や価値基準は明確に変わり始めています。
半世紀にわたり使われてきた「GRP(延べ視聴率)」という素晴らしい仕組みは、視聴環境の多層化・分断化により、限界を迎えつつあります。今、必要なのは単なるデータ変換ではなく、「テレビ広告の再定義」そのものなのです。
3. GRPからインプレッション取引へ──単なる指標変更ではない構造転換

では「GRPをインプレッションに換算すればよいのでは」と思われるかも知れませんが、それとインプレッションで直接取引することは全く異なります。似て非なるものです。それは単に指標を変えるだけの話ではありません。言うならば、メートルをインチに読み替えるのではなく、"メートルがリットル" に変わるほど大きな転換なのです。
例えばインプレッション取引では、実績ベース(アクチュアル)の請求が前提になります。これは広告主にとっては透明で合理的ですが、テレビ局にとってはこれまでバッファを収益として吸収していた部分が消失することになります。マイナス面も大きいのです。
つまり、「取引の通貨を変える」だけでは足りません。取引構造と評価ロジックそのものを刷新する必要がある のです。
4. デジタル発想の落とし穴──ターゲティングの「過剰効率化」

もうひとつ注意すべきことがあります。
例えば、新車RV発売キャンペーンにおいて「新車購入検討」「アウトドア好き」「20〜40代男女」という3条件を重ね合わせたとします。それらが重なる部分は、とても魅力的なターゲット設定ですが、関東エリア4,000万人で見ると、そのターゲットはわずか70万人ほどしかいないことになります。(当社独自試算)
デジタル広告では、こうした精緻なターゲティングによる広告配信がすでに可能ですが、それをテレビ広告の世界にそのまま持ち込むと、ターゲット母数が極端に矮小化し、このメイン層だけに広告を投下しても、このメーカーとしては販売実績は伸びていかない可能性があります。
また、AIの進化により 広告は"通知化"してしまうリスク もあります。つまり、過度のターゲティングはリーチの広がりを失い、大きな成果も期待できない「二重の不利」に陥り、ブランドの成長基盤を削ってしまう危険性もはらんでいるのです。
5. 「周辺ターゲット」と「総量評価」の視点

テレビCMの最大の特徴は、メインターゲット以外にもリーチが広がることです。それをスピルオーバー・インプレッション(副次的な到達)といいます。これはデジタル広告で起きる「誤配信」(非ターゲットへの配信)とは違い、「周辺ターゲット」という価値のあるインプレッションも含みます。
そこで例えば、メインターゲットを「1.0」としたとき、周辺ターゲット①は「0.8」、②は「0.5」といった「評価係数」を設定します。これにより、「どの層にどの程度価値を見出せるか」を実数ベースで可視化できるようになります。
こうした「総量評価」の考え方は、従来のGRPにはなかった視点です。評価の "総和" を見ることで、テレビ広告の "隠れた価値" を取り戻すことができるのです。
6. 微分と積分の関係で捉える「トータルターゲットCPM」

この「総量評価」は一見複雑に見えますが、ロジックは極めてシンプル です。セグメントごとのCPM(ターゲットCPMᵢ)に、構成比(impsᵢ/Σimpsᵢ)を掛け合わせ、加重平均するだけで求められます。したがって、ローカル局でも十分に独自導入が可能だと考えます。
この加重平均したCPMを「トータルターゲットCPM」と呼んでいます。いわば、インプレッション評価における "積分" の結果です。これに対して、データなどに基づいて分解したターゲットごとのCPMは "微分" に相当します。
仮に、個別ターゲットCPMが瞬間的な効率を示す「速度計」だとすれば、トータルターゲットCPMは、その積分としての総量を表す「走行距離」のような指標だと考えてください。この「微分と積分の関係」で見ることで、どの範囲まで評価すればROIが最も高くなるのかを探れるようになります。
この考え方によって、ターゲットごとの評価を「瞬間の効率」から「全体の成果」へとつなげることができると考えています。
*「総量評価」の感覚がつかめる「簡易シミュレーター:iTS Web版」を公開しています。ご興味があれば試してみてください。
7. コンバージドTVでのメディア戦略──CTVとテレビCMの補完関係

プレミアムなコンテンツへの配信を前提とするCTV広告では、ターゲティング精度が高い一方で、コストも上昇し全体のリーチは減少します。
一方のテレビCMは、低〜中程度のCPMで周辺ターゲットも含んでリーチすることができます。
当社でシミュレーションした上記グラフで見ても(予算を5%刻みでアロケーション)、CTV広告の比率を上げすぎるとリーチは急減し、オンターゲットのCPMも跳ね上がっていきます。
このため、CTV広告でメインターゲットの粒度を高め、テレビCMで周辺ターゲットまで広くカバーするという補完設計が必要となります。コンバージドTVでのメディア戦略においては、このような役割分担による補完が⽋かせないでしょう。
8. 新トリプルメディアマーケティングとの接続

"脱テレビ1強”時代に対して、「新トリプルメディアマーケティング」という考え方がすでに提唱されています。
旧来のペイド/オウンド/アーンドという三分類から、SNS × リテールメディア × コンバージドTVの新たな三位一体、連携が今後重要となってくるでしょう。その活用の1例では、
- SNS起点で "兆し" を捉え
- リテールメディアで "反応" を確かめ
- CTV広告で "ターゲット粒度" を上げ
- テレビCMで "周辺ターゲット" へ広げる
- 再びSNSで "兆しの変化" を観察
こうした循環(サイクル)のように、テレビCMを最初に使うだけでなく、後で "テレビの瞬発⼒" を活⽤するような使い⽅も考えられることでしょう。
9. 最後に:リーチから“リーチ+意味”へ

これからのテレビ広告は、リーチの数ではなく「リーチの意味」が問われる時代になります。
例えばコンテンツを軸に、どのような文脈で届いたのか—その “意味” を可視化することが、広告価値の再定義につながります。「周辺ターゲット」や「総量評価」、「トータルターゲットCPM」などの概念は、すべてそのための手段です。
それらはテレビを守るための「防衛線」ではなく、テレビを再び前進させるための生命線なのです。
今後に向けてのポイントとして注⽬したいのは
- マルチカレンシー(多通貨)の共存期に⼊っていくということ
ただし、必ずしも新しい事業者が必要だということではなく、これまでの指標だけでなく、新しい「取引指標」が必要になるという意味 - そのために、CTV×リニアTVの横断計測がより現実化していく(進む必要がある)
- そこでは「周辺ターゲット」や「総量評価」のような新しい評価モデルが、テレビ広告の価値を再定義していける
- また、単に広くリーチすればいい、ということではなく、例えばコンテンツを起点するような配信設計も重要になる
プログラマティカが、この考えにこだわってきた理由はひとつ —
「テレビCMをもう一度元気にしたいから」「テレビはまだまだ⼒があるんだ」という想いがあるからです。
そんな想いを、わかりやすく音楽にも込めました。
THE 魂覇志によるオリジナルアルバム「コンバージドTVへの道」は、まさにこのテーマをいくつかの唄にしたものです。
もっと身近に、耳からも "テレビの進化" を感じていただけたら嬉しいです。
🎵 「コンバージドTVへの道|The Road to Converged TV」公式ページ
長い間ありがとうございました|Thank you very much for your time
Programmatica Inc.
Yoshiteru Umeda|楳田良輝