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小説、テレビ信陽〜最終話「THE SIGNAL MUST GO ON」

小説、テレビ信陽〜最終話「THE SIGNAL MUST GO ON」

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2028年、初夏

5月の終わり、高野啓介から森崎に連絡が来た。

「来週、会いましょう。SYTで」

社長室ではなく、SYTで——その言葉が、森崎には少し引っかかった。

高野がSYTに現れたのは、平日の朝だった。

「病気休養」以来、高野が局内に姿を見せることは数えるほどしかなかった。その日の高野は、いつものスーツではなく、少し軽めのジャケットを着ていた。

「久しぶりだな」と高野は言った。

「お久しぶりです」

高野はSYTのフロアをゆっくりと歩いた。報道部の前を通り、制作部の前を通り、営業部の前を通った。立ち止まることはなかった。ただ、見ていた。

最後に、屋上に出た。

二人で、陽北市の初夏の空を見た。

「綺麗だな」と高野は言った。

「はい」

「俺はここが好きだった。この景色」

森崎は何も言わなかった。

しばらくして、高野が言った。

「上田と森元の一審判決が出た。有罪だ。これで、私が言っていた『決着』はついた」

「はい」

「だから、退任する。来月の株主総会で」

高野啓介、退任

6月の株主総会で、高野啓介が代表取締役社長を退任した。

退任の挨拶は短かった。

「テレビ信陽に来て7年になります。この局のために働けたことを、誇りに思っています。あとは、頼れる仲間たちに任せます」

それだけだった。

拍手が起きた。社員たちの拍手だった。

森崎は会場の後ろに立っていた。目が熱くなったが、こらえた。

代表取締役社長、森崎ミノル

同じ株主総会で、森崎ミノルは代表取締役社長に就任した。

就任の挨拶の前、森崎は少しの間、沈黙した。会場を見渡した。

中田恵子がいた。

桐嶋浩二がいた。

田原蓮がいた。

梶田竜一がいた。

村田涼介がいた。

そして、高野啓介が、会場の隅に座っていた。

「中期経営計画書を、また書きます」森崎は言った。

「2029年から始まる、新しい計画書です。以前、私が書いた計画書を、60点だと言った人がいます」

会場に、小さな笑いが起きた。社内では有名な話になっていた。

「その人は後に、本当は90点だったと言いました。私は、今度こそ100点を目指します。いや——100点を超えるものを書きたいと思っています」

「テレビ信陽は、変わり続けます。しかし、変わらないものが一つあります」

森崎は少し間を置いた。

 

「信陽を、伝え続ける。それだけです」

 

白いノート

就任式が終わった後、森崎は社長室に一人でいた。

デスクの上に、白いノート一冊と古い万年筆が置かれていた。

高野が置いていったものだった。付箋が一枚貼ってあった。

「次の中計書用に。——高野」万年筆で書かれた文字だった。

もしかしたら、高野が折広さん時代に使っていたものかもしれないと思った。
あるいは、作家を目指していた時のものなのかも...。

森崎はノートを開いた。

まだ何も書かれていない。白いページが続いていた。
高野の万年筆を手に持った。

最初のページに、日付を書いた。

「2028年6月22日」

それだけ書いて、万年筆を置いた。

窓の外、信陽の青い空が今日も広がっていた。

エピローグ

2028年夏、信陽エリアでは放送と通信が融合した新しい地域インフラの実証実験が本格的に動き始めていた。

東都ランサーズは「信陽ランサーズ」として、翌年春の開幕を目指して新球場の建設を進めていた。

田原蓮が設計したメジャメントモデルは、信陽エリアの4つのリテールパートナーに展開され、業界誌に取り上げられた。

中田恵子が率いる報道部は、その年の全国民間放送連盟賞を受賞した。

上田正文と森元達也の控訴は、棄却された。

高野啓介は、信陽を離れた。どこへ行ったかは、誰も知らない。

そして——

森崎ミノルは、白いノートに万年筆を走らせ始めた。

シグナルは、止まらなかった。

形を変えて、時代を変えて。

それでも、信陽から、発信され続ける。

— THE SIGNAL MUST GO ON —

 

作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda

 

 

*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。