It always seems impossible until it’s done.
小説、テレビ信陽〜第22話「実験場、信陽」

小説、テレビ信陽〜第22話「実験場、信陽」

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2027年の春

桜が散り始めた4月、信陽の街に一つのニュースが流れた。

東都ランサーズが、信陽への本拠地移転を正式に発表した。
移転先は陽北市の郊外。かつての工場跡地として長年放置されていた土地に、新球場の建設計画が始動する。配信大手のNexus Streamが球団の筆頭スポンサーとして名を連ね、サクラTVホールディングスが施設運営に参画。

そしてSYTが、ホーム全試合の放映権と配信権を取得した。

「信陽ランサーズ」——地元ではすでにそう呼ばれ始めていた。

桐嶋が森崎の部屋に来て、静かに言った。「決まりました!」

「ありがとうございます」と森崎は言った。

窓の外、陽北市の春の空が広がっていた。

省令改正

2027年5月、昼の「ニュース信陽」で速報ニュースが読まれた。

「速報です。総務省は本日、マスメディア集中排除原則に関する省令を改正しました」

「今回の改正は、同一の放送エリアで複数のテレビ局を運営・支配することを認めるもので、いわゆる“1局2波”が解禁されます」

「方法は二つです」

「一つは、認定放送持株会社同士の統合などを通じて、異なる系列の局を同一エリアで保有するケース」

「もう一つは、異なるホールディングス傘下の放送局同士が、同一エリア内で経営統合するケースです」

「これにより、テレビ業界の再編が一気に進む可能性があります」

「ついに、来たか・・・」画面を見ていた森崎は思った。
「もう、水面下では動いているはずだな」

日の丸テレビホールディングスと中央テレビホールディングス。この二つの認定放送持株会社が、傘下の同エリアのテレビ局の統合協議に入っているという報道が流れたのは、省令改正から一週間後のことだった。コスト削減と制作の効率化が目的だ。1局2波体制がまずローカル局からスタートする。関東キー局も今後は対象となるが、二つの認定放送持株会社は独立経営を維持する。

テレビ朝霧ホールディングスとテレビ東洋ホールディングスは、HD同士の統合協議を進めており、その傘下の系列局においても経営統合、あるいはそれぞれが独立した局として運営する可能性もある。東洋系列は従来のネットワーク先が拡大するエリアもある。

湾岸テレビホールディングスは、テレビ放送事業からの事実上の経営撤退を表明し、不動産事業に集中する。将来的に放送免許を返上し、制作機能だけを分社化したのち、外資系ストリーミング会社に売却、その傘下でコンテンツ配信に特化する方向を発表した。

森崎は、しばらく画面を見たまま動かなかった...。

「テレビ局が、放送をやめる時代が来るんですね」と田原は言った。

「でも、シグナルは止まらない」と森崎は言った。「形が変わるだけだ」

信陽エリアだけが、違う方向に向かっていた。

サクラへの移行

6月、総務省がサクラTVホールディングスへのSYT株式取得を認定した。

陽信投資事業有限責任組合が保有していたSYT株は、サクラTVホールディングスに正式に譲渡された。サクラが筆頭株主となり、SYTはサクラTVグループの一員となった。

森崎は発表の日、高野に電話した。

「認定が下りました」

「そうか」と高野は静かに言った。「それでよかったんだと思う」

「はい」

「黒沢は何と言っていた?」

「『これからが本番です』と」

高野は少し笑ったようだった。「あの男らしいな」

Nexus Stream

7月、SYTは、サクラTVホールディングス、Nexus Stream、陽北銀行への第三者割当増資を発表した。
各引受額は非公開であるが、これによりSYTの資本金は5億2,000万円となり、会社法上の「大会社」に該当することになった。

「監査役会および会計監査法人を設置し、ガバナンス体制を強化します」——前年10月の新体制発表時に記した一文が、ここで意味を持った。

Nexus Streamは、SYTの第2位の株主となった。

田原が森崎の部屋に来て言った。「Nexus Streamが入ったことで、データの連携が一気に進みますね」

「ああ、そういうことだ」

「Nexus Streamのユーザーデータと、SYTの視聴データを突合できる可能性がありますね。放送と配信の両方で、同じ視聴者の行動が見えてくる」

「それが、ものさしになる」と森崎は言った。

「はい」と田原は答えた。「テレビを見ていたと証明できる、新しいものさしです」

森崎は中計策定から抱えてきた問いを思い出した。視聴指標という「ものさし」の崩壊。自分が20年間売ってきたものの根拠を疑い始めた、あの頃の自分を。

「田原くん、やってくれ」と森崎は言った。

その夏、SYTの新しい取り組みが始まった。

信陽エリアの地元ドラッグチェーン「ハッとグードラッグ」と連携し、テレビCMの放映と購買データを紐付ける実証実験。田原が設計した「メジャメントモデル」の最初のケースだった。もちろん、テレビCMといっても放送だけではない。放送と配信を統合的にとらえる「コンバージドTV」という考え方である。それをリテールメディアとつなぐ。もちろん、SNSなどともだ。

「テレビCMを見た人が、翌日にどの商品を買ったか——それを数字で証明したい」と田原は言っていた。

同時に、SYT独自の放送番組のリアルタイム配信も始まった。FASTについても研究中だが、SYTの夕方ニュースはNexus Streamのプラットフォームでも配信する。放送エリア外の「信陽ファン」に届ける試みだ。

「テレビは見られなくても、機能する」——Ver.2のメモに書いた言葉も、形になり始めていた。

 

黒沢が東京から信陽に久しぶりに訪れた。
初めて一緒に、SYTの屋上から陽北市の街並みを見下ろしながら、黒沢は言った。

「森崎さん、ここは面白いことになりますよ」

「そう思います」と森崎は答えた。

「信陽がうまくいけば——同じ仕組みを全国10エリアに展開したい。サクラとNexus Streamで」黒沢は言った。

「信陽が、その実験場になる」

「まあ、もともと、そう言っていたのは高野さんですけどね」と黒沢は言った。

二人はしばらく、信陽の夏の空を見ていた。

信陽を、伝え続ける。

秋、信陽ランサーズの新球場の起工式が行われた。

SYTのカメラが、その瞬間を撮った。地元の子どもたちがグラウンドを走り回る映像が、夕方のニュースでオンエアされた。

「信陽に、プロ野球が来る」

夕方のニュースのアナウンサーが、そう読み上げた。
その日の夜、森崎は自宅でそのニュースを見た。妻が隣に座っていた。

「これ、SYTがやってるの?」と妻が聞いた。

「そう、SYTだけじゃないけどね。仲間がいる」と森崎は言った。

「すごいね」と妻は言った。それだけだった。

森崎は画面を見ながら思った。

56年目、信陽を撮り続けてきた局が、また一つ新しいものを撮り始める。

シグナルは、続いている。

ー つづく ー

 

作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda

小説、テレビ信陽〜最終話「THE SIGNAL MUST GO ON」

*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。