It always seems impossible until it’s done.
小説、テレビ信陽〜第21話「新体制」

小説、テレビ信陽〜第21話「新体制」

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夏の終わり

7月に入ると、SYTの社内は少しずつ静かになった。
騒然としていた春が過ぎ、捜査の波が一段落し、記者会見の余韻も薄れていった。それは落ち着きというより、消耗の果ての静けさだった。

上田と森元の裁判は、秋以降に始まる見通しだった。信陽建設の現経営陣も起訴されていた。SYTの制作会社を経由した裏金の流れは、法廷で全て明らかにされていく。

森崎は、毎朝デスクに座るたびに、引き出しが軽くなったことに気づいた。
——あのクリアファイルは、もうそこにない。

8月下旬、信陽建設から正式な発表があった。

創業家一族の取締役・大場誠一が新社長に就任。役員を一掃し、経営を刷新する。長年にわたって続いてきた不正を公式に認め、関係各所への謝罪と補償に取り組む。

そして——SYTの朝の番組「信陽の夜明け」の番組提供を、今年度限りで終了する。

森崎はそのプレスリリースを読みながら、辻本のことを思った。1990年代後半から続いてきた裏金の流れを、帳簿の中で見続けてきた人。高野に頼まれ、証拠を探し続けた人。最後に森崎に届けた人。

「信陽の夜明け」が終わる。その番組が始まったころから、このスキームは動いていた。

翌日、信陽建設は、保有するSYT株式の全てを陽信投資事業有限責任組合に譲渡すると発表した。

これが実現すると、陽信投資が保有するSYT株は、信陽の地元企業などから取得した分も合わせて20%を超えることになる。陽信投資はすでに総務省への認定申請の準備を行っている。

総務省への申請

9月、黒沢から連絡が来た。

「総務省への認定申請を行いました。審査には数ヶ月かかる見込みです」

森崎は「わかりました」と答えた。

「LABへの参加については、どうされますか?」と黒沢は続けた。「そろそろ期限が来ていますよね」

森崎は少し考えてから答えた。「参加しません」

「理由を聞いてもいいですか?」

「サクラさんと、Nexus Streamさんとの合同事業の中で、コンテンツの活用を考えます。LABのカタログに映像を出すより、自分たちで使い道を決めたい」

黒沢は少しの間を置いてから言った。「高野さんが言っていた通りですね」

「断る権利も含まれている、と言われましたから」と森崎は答えた。「ずっと、その意味を考えていました」

10月、SYTは新しい取締役の体制を発表した。

ー テレビ信陽・新役員体制のお知らせ ー

代表取締役社長:高野啓介(留任)*
取締役 経営企画・事業開発担当:森崎ミノル(新任)
取締役 報道制作担当:中田恵子(新任)
取締役 技術担当:坂本隆二(留任)
取締役 営業・コンテンツ開発担当:桐嶋浩二(新任)
社外取締役:外部から2名

*ただし、高野啓介は各種問題が解決後に退任予定

なお、新たに監査役会および会計監査法人も設置し、ガバナンス体制を強化します。

森崎は自分の名前が入った発表文を、デスクで静かに読んだ。

田原が「おめでとうございます」と言った。

「ありがとう」と森崎は言った。「田原くんにも、話がある」

「えっ、なんですか?」

「経営企画室を出てもらいたい。新しい部門を作る。視聴データと購買データを繋ぐ、メジャメントの部門だ。部門長をやってほしい」

田原は少し驚いた顔をした。それからゆっくりと頷いた。

「森崎さんが、Ver.2に書いていたことですね」

「そう」と森崎は言った。「今度は、実行する」

桐嶋浩二、着任

新任取締役の桐嶋浩二が着任したのは、10月の半ばだった。

40代前半。サクラTVホールディングス関係者として黒沢が推薦した人物だ。物腰は穏やかだが、話すのは数字と構造——どこか黒沢に似た雰囲気があった。

経営会議で着任の挨拶の後、桐嶋は簡潔に言った。

「一つ、すでに動いていることがあります。関東のプロ野球球団・東都ランサーズの信陽エリアへの移転誘致です」

森崎は少し止まった。「プロ野球を、信陽に?」

「東都ランサーズは経営難で、古くなった現在の球場や関連施設の売却を計画しており、移転先を探しています。Nexus Streamが球団への出資を検討中で、サクラが仲介しています。SYTとして放映権と配信権を一緒に取りに行きたいと考えています」

「配信権も」森崎は少し驚いた。「今さらプロ野球なんですか?」

「今だからこそです!」桐嶋は語気をやや強めた。
「WBC2026は、Netflixが独占中継しました。スポーツと配信の結びつきは、これからもっと加速します」と桐嶋は静かに言った。
「ですが、地上波に必要なのもの、ライブコンテンツです」
「ローカル局が地元球団の放映権を持てれば、ゴールデン枠をネットワーク番組に頼らなくて済む。陽北FCのサッカー中継だけでは、まだ弱い。プロ野球は基本的に、週6日できますから」

森崎は窓の外を見た。そして思った。
——米国のMLBと違って、日本のプロ野球は、まだ球団が個別に権利を持っている...。

信陽に、プロ野球。55年間テレビ局として信陽を撮り続けてきたSYTが、球場の灯りをカメラに収める日が来るかもしれない。

「わかりました」と森崎は言った。「一緒にやりましょう」

 

その日の夕方、中田恵子が経営企画室に来た。

「森崎さん」と中田は言った。「あらためて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「一つお願いがあります」

「何ですか?」

「村田を、報道部デスクにしてくれませんか。彼が最初に気づいたんです。信陽建設の入札パターンの異常に。SYTの報道部に必要な人材なんです」

「わかりました」と森崎は言った。「そうしましょう」

中田は少しの間、窓の外を見た。報道部のフロアが見えた。藤原の部屋は、今は別の人間が使っている。

「藤原さんが、私に封筒を送ってくれたから」と中田は静かに言った。「だから、私はここにいる」

森崎は何も言わなかった。

10月の空

夕方、森崎は一人でSYTの屋上に出た。

信陽の秋の空が広がっていた。陽北市の街並みが見えた。遠くに山の稜線。

SYTのカメラが55年間撮り続けてきた景色。

今、自分はその局の取締役になった。60点と言われた中計書を書いた男が。

森崎はスマホを取り出した。高野に短いメッセージを送った。

「新体制、発表しました」

しばらくして返信が来た。

「ありがとう。これから頼むぞ」

それだけだった。

信陽の空が、今日も少し赤くなっていた。

ー つづく ー

 

作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda

小説、テレビ信陽〜第22話「実験場、信陽」

*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。