会見に向けて
6月になった。通常なら株主総会の準備などで慌ただしくしている時期だ。
森崎に高野からの短いメッセージが届いた。
「来週の水曜日、よろしく頼む」それだけだった。
森崎は、あの居酒屋で高野の決意を聞いてから、何度も連絡をとりながら、この記者会見の準備を粛々と進めてきた。記者会見は、SYTが平日正午から生放送している「お昼のニュース信陽」に合わせて行う。
昼のニュースは12時からの1時間。
ただ、その日にどんな緊急ニュースが入ってくるのかは、誰にもわからない。
記者会見のスタート時間を12:10に設定した。“オンタイム” で事を進めるのは、テレビマンとしての宿命だ。
しかし、こういった記者会見というのは多くのメディアが参加する。終了時間はこちらが決めていても、それより長くなることが多い。最近もそんな事例があった。そこで今回は、SYTの配信用チャンネルで会見開始前の11時30分から、記者会見終了まで生配信を行うことを報道各社に、事前に視聴者にも通知していた。
配信という方法を加えると決めたのは、このスキャンダルの広がりは、単に信陽エリアだけの話ではなかったからでもある。そして、もう一つ高野の強いこだわりもあった。
記者会見が予定以上に長くなったとき、普段、テレビ信陽の番組を楽しみにしている視聴者の時間を自社の不祥事で奪うことはあってはならないと考えていたからだ。謝罪会見を自らテレビ中継することは、潔く思えるのかもしれないが、それはある意味、そう思わせたい、そう思ってもらいたい自己演出とも言える。
それを高野は拒絶した。自分たちのことで、「放送を止めてはならない」
あらためて言えば、テレビは「見たくない人にも届く」が、配信は「見たくなければ、見ないでいい」。そう森崎は、この記者会見を準備するスタッフに説明していた。だから、配信もやろう。
記者会見
記者会見の当日、SYTの一番大きな部屋に報道各社のカメラが並んだ。
4月1日、上田代行が入社式の挨拶をした、あの場所である。
今日は、そこに高野が立つ。
信山新聞はじめ、全国紙の地方支局。それからSYT以外にも、県内の競合局のテレビカメラも並んだ。
「もちろん、入れるさ。SYTはテレビ局だからな」という高野の言葉に従った。
森崎は直接の担当部門であったが、今回も会場の後ろに立っていた。
会見が始まる40分前、田所から短いメッセージが届いた。
「SYTの公式サイト、今から生配信します。信陽ニュースも予定通りです」
森崎はスマホで確認した。SYTの公式サイトに生配信の画面が立ち上がっていた。
12時すぎ、高野が会見場に入ってきた。スーツは濃紺。表情は穏やかだった。一度だけ深呼吸した。
12時10分になった。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。テレビ信陽代表取締役社長の高野啓介です。本日は、SYTが長年にわたって関与してきた不正について、その事実をお伝えするために、この場を設けました」
高野の言葉は淡々としていた。信陽建設との間で、番組制作費を通じた不正な資金の流れが長年続いてきたこと。その構造に、SYTも深く関与していたこと。それは特定の個人の問題ではなく、組織として黙認してきた問題であること。
説明が終わると、高野は立ち上がり、深々と頭を下げた。
記者からの質問が始まった。
「社長はいつからこの事実を知っていたのですか?」
「社長就任後、複数の業務管理を行う中で疑念を持ち、社内調査を進めた結果、問題を把握しました。ただ、事実の確認、公表のタイミングについて判断が遅れたことは、深くお詫び申し上げます」
「上田専務と森元取締役の関与については?」
「現在、捜査中ですので、私からはコメントを控えます」
「社長ご自身の進退については?」
高野は少し間をあけて答えた。
「この問題の決着がついた後、私は退任いたします」
会場がざわめいた。「なぜ、今すぐ辞めないんだ!」という声が後方から飛んだ。
しかし高野は、その他の質問への回答を続けた。
質疑応答が一段落した。記者たちが手帳を閉じ始めた。会見は終わりに近づいていた。
当初、2時間半から3時間くらいを想定していたが、2時間弱のところで質問はでなくなった。
そのとき、高野が口を開いた。
「では、ご質問もないようですので、最後に——少しだけ、お時間をいただけますか...」
終了モードに入りかけていた、会場が静まり返った。
「本日この会見は、事前にお伝えいたしましたように、SYTの公式サイトで生配信しています。ですが地上波は、通常の番組をそのまま放送しています」
記者たちが顔を上げた。
「視聴者の皆様が楽しみにしている番組を、会社の不祥事で中断することは、私にはできませんでした。しかし伝えるべきことは、全て、生で、直接お届けしたかった。これが、私が考えるテレビ局のあり方です」
高野は手元の資料を一度だけ見た。それから顔を上げた。
「テレビ信陽は、これからも放送局であり続けます。しかし、放送局だけであることをやめます。私たちが目指すのは、信陽という地域のインフラになることです」
「放送と通信を融合させた地域情報基盤の構築に向けて、複数のパートナーと協議を進めています。その中には、ストリーミング事業を展開する大手プラットフォーム企業も含まれています」
「これは、コンテンツやIPを世界に売ろうとするキー局の戦略とは違います。我々にそれはできない。では、信陽という場所で、信陽の人たちのために、テレビ局は何ができるか——それだけを考えた結果です」
「SYTは小さな局です。しかし小さいからこそ、できることがあります。信陽を、信陽の人たちのために“実験の場”にします」
また静まり返った。
記者の一人が手を挙げた。
「系列ネットワークとしての方針や関係は?」
「L系との関係は維持したいと思っています。ただ、系列だけを考える時代ではもうない。系列のしがらみが地域の未来より優先されるべきだとは、私は思いません」
「それは系列からの独立を意味しますか?」
「独立ではありません。進化です」と高野は、チャールズ・ダーウィンの思想をなぞるように静かに言った。
森崎は会場の後ろで、動けなかった。
謝罪会見として始まったこの場が、いつの間にか変わっていた。
全国のカメラが集まり、配信の向こうには何万人もの目があるかもしれない。高野は最初からこの場を使うつもりだったのだ。スキャンダルで、不正で、SYTに注目が集まったこの瞬間を——宣言の舞台にするために。
配信で生中継しながら、地上波は通常番組のまま流す。その行為そのものが、高野の言う「これからのテレビ」だった。
棚上げとなっていた、森崎が中計書に書いたことが...、高野の口から語られていた。

その午後
記者会見が終わり、会場の撤収が済んだのは、もう夕方だった。
そのころ、捜査二課に動きがあった。
上田と森元が逮捕された——という話が、総務部長経由で届いた。
「わかりました」と森崎は言った。
デスクに戻って、鞄を開けた。
クリアファイル。辻本が持ってきた日から、3ヶ月以上が経っていた。
森崎はそれを取り出した。
捜査二課に「ない」と答えた日のことを、最後にもう一度だけ思った。
そして、これを提出することを決めた。
梶田竜一が経営企画室に少しふらつきながらやって来た。
森崎は梶田の腕をつかみ、廊下に出た。梶田はいつもより少し小さく見えた。
「俺は、知らなかった」と梶田は小さな声で言った。「信陽建設との金の話。スポンサーの担当として、あの会社とは長い付き合いだったけど——そういうことが裏で動いていたとは、本当に知らなかった」
森崎は梶田を見た。
52歳の営業部長。30年近く、このSYTの売上を支えてきた男。その顔に今は、「知らなかった」という言葉の重さだけがあった。
「わかりました」と森崎は言った。「梶田さんのお話は、信じます。それをきちんと警察に話して、協力してください」
梶田は少し頷いたように見えた。そして、廊下を戻っていった。その背中は、いつもより少し重そうだった。
テレビ業界の今
その夜、森崎は中計書Ver.2をあらためて見た。
根村証券が「地方テレビ局の将来性」について昨年末にまとめたレポートを官庁のサイトで読んだのは、中計書を書いていた頃だった。スポット収入の構造的な限界、HUTの低下、人口減少——数字は冷静だった。しかしレポートの後半に「BtoBプラットフォームの連携強化」「放送エリアを越えた事業連携」という言葉があった。森崎がVer.2に書いたことと、同じ場所を指していた。
関西の準キー局・大朝テレビグループが今年の3月に発表した中期経営計画のビジョンは「More Local. More Global. More Original.」だった。コンテンツとアニメへの大型投資。海外IPの展開。それはそれで正しい判断なのかもしれない。
しかし、森崎には一つの疑問があった。
大朝テレビがやろうとしていることは、キー局がやってきたことの縮小版ではないのか? 森崎が中計書のVer.1とVer.2の間で苦悩した部分だ。高野からの指摘、AI分析の評価、その通りかもしれないと思った。でも、そもそも、そのキー局も本当に正しい方向に向かっているのか?まだ、森崎にはわからない。
中計書を再考している時に、日の丸テレビが映像制作会社・KANZINを完全子会社化すると発表した。「グローバルコンテンツ企業への変革」——そう、キー局は制作機能を囲い込み、IPを世界に売ろうとしている。それがテレビの未来だとすれば——地域は、信陽は、どこに行くのか。
SYTに大朝テレビの規模はない。信陽にアニメのIPもない。それが成功する “信用” なんてどこにもない。
ただ——信陽には、信陽がある。
森崎はVer.2を閉じた。
黒沢からのメッセージ
スマホに黒沢からのメッセージが届いた。
「記者会見、拝見しました。高野さんらしい会見でした」
「一点、お伝えしておきたいことがあります。先日、総務省の有識者会議が、1局2波——同一地域での経営統合を認める方向を正式に了承したことはご存じだとおっしゃってましたが、その省令改正の手続きがついに始まるようです。制度が整う前に、動いておく必要があります」
森崎はメッセージを読み返した。
1局2波。マスメディア集中排除原則の緩和。業界ではずっと議論されてきた話だった。しかし「手続きが始まる」という言葉は、議論ではなく現実の話だった。
サクラが動く。制度が動く。信陽が、変わる。
帰宅すると、妻が夕食を用意して待っていた。
「テレビで会見見たよ」と妻は言った。
「その後も、ネットで最後まで見てた。あなた、少し映ってたね」
「ああ、そうなの?」
「大変だったね、ずっと」
「まあ」
森崎はテーブルに座った。
「これから、どうなるの?」と妻が聞いた。
少し森崎は黙った後に、こう言った。
「変わるよ...」と森崎は言った。
「SYTが、変わるんだ」
妻は何も言わなかった。ただ、森崎の大好きな温かい味噌汁を置いた。
ー つづく ー
作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda
*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

