翌朝
談合事件の報道の翌朝、SYTの廊下は静かだった。
騒然としている、というより——静かすぎた。誰もが余計なことを言わないようにしている、そういう静けさだった。自動販売機の前で立ち話をしていた営業部の二人が、森崎の姿を見て会話を止めた。総務部のフロアを通りかかると、部長が受話器を持ったまま森崎に目礼した。
経営企画室に入ると、田所が既にいた。
「昨夜の放送、見ました?」と田所は言った。
「ああ」
「上田代行、朝から役員室に籠もっているみたいで...」
「そうか」
それ以上の会話はなかった。森崎はパソコンを開いた。メールが溜まっていた。広告代理店から、スポンサーから、系列のキー局から。全て、昨夜の報道への問い合わせと反応だった。森崎は全て未読のまま閉じた。
今、自分が答えられることは何もない。
引き出しの中のもの
午前11時を過ぎたころ、森崎はデスクの引き出しを開けた。
クリアファイル。株主名簿のコピー。陽信投資事業有限責任組合。YGMキャピタルマネジメント。
あの応接室で「ない」と答えてから、1ヶ月以上経った。
昨夜、中田が放送した。信陽建設と陽北土木の談合。SYTの関与。藤原が届けた資料が、中田の取材の核にあった。シグナルは出た。
では、自分は何を持っているのか。
このコピーは、事件の証拠ではない。株主名簿の変動という、公開情報の範囲内のものだ。ただ——おそらく高野が辻本を通じて森崎に届けさせたもの。「引き継いでほしい」という黒沢の言葉と繋がっているもの。
森崎は、それをクリアファイルごと取り出し、自ら書いた中計書や集めた海外の資料などと共に鞄に入れた。

黒沢への連絡
昼休み、森崎は一人でビルの外に出た。
スマホを取り出した。黒沢の番号を開いた。
「森崎です。昨夜のことはご覧になりましたか」
「見ていました」と黒沢は言った。「中田さんという方は、強い方ですね」
「ええ」
少しの間があった。
「動くべき時が来たと思います」と森崎は言った。
「わかっています」と黒沢は答えた。「準備はできています。ただ——森崎さん、一つだけ確認させてください。あなた自身は、どうしたいですか」
森崎は少し止まった。
「SYTを、続けたいです」
「どういう形で」
「高野さんが描いた形で。中計書Ver.2に書いた形で。——それが同じ場所を指しているなら」
「指しています」と黒沢は静かに言った。「では、動きましょう」
5月の信陽建設
5月に入って、信陽建設の現社長ら経営陣が逮捕された。陽北土木にも捜査が入っている。
SYTに来るのも時間の問題だろう。
森崎がそのニュースを知ったのは、昼のSYTニュース信陽の速報テロップだった。画面の端に流れる文字を、森崎は経営企画室のモニターで見た。
田所が「出ましたね」と言った。
「ああ」と森崎は答えた。
それだけだった。
この逮捕が何を意味するか——SYTの中で最もよく知っている人間の一人が、今この部屋にいる。そのことを、田所はまだ知らない。
森崎は鞄の中のクリアファイルのことを思った。
動く時が来た。
しかし、その翌週、再びSYTを訪れたのは捜査一課だった。
今度は、藤原美鈴の件で、と総務部長から聞かされた。
ー つづく ー
作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda
*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

