It always seems impossible until it’s done.
小説、テレビ信陽〜第16話「灯りが消えた夜」

小説、テレビ信陽〜第16話「灯りが消えた夜」

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空席

4月第3週の月曜日。
森崎が出社すると、経営企画室の窓から、報道部フロアが見えた。

藤原美鈴の部屋が暗かった。

それだけのことだった。ただそれだけのことが、森崎の足を少しの間、止めた。

総務部からの通知が社内メールで届いたのは、午前10時を過ぎたころだった。本文は短かった。

「取締役報道制作局長・藤原美鈴が、去る4月11日に逝去いたしました。享年51歳。葬儀は近親者のみで執り行われます。社内からの弔問はご遠慮いただきますようお願いいたします」

森崎はその文面を、二度読んだ。

田所が何か言いかけた。森崎は「ちょっと待って」と静かに言った。田所は黙った。

中田が知ったこと

その夜、報道部に中田恵子は一人でいた。
藤原の部屋の電気が消えていた。もう二度と点かない。

中田の机の上に、一通の封筒があった。社内便で届いたものではなく、自宅に届いていたものを今朝持参してきた。差出人の名前はなかった。ただ、筆跡は知っていた。

封筒の中には、短いメモが一枚あった。

「封筒は私が送りました。辻本さんの資料です。ごめんなさい。——藤原」

K.T.。

やはり、辻本一雄の資料だった。それを匿名で中田に届けたのは——藤原だった。

中田は、そのメモをしばらく見ていた。

ごめんなさい、という言葉が、何に向けて書かれたものなのか。辻本に対してか。中田に対してか。それとも——もっと別の何かに対してか。中田には、わからなかった。

ただ。

取材ノートを開いた。赤いボールペンで書いた一行——「誰かが止めようとしている」。
その文字を見ながら、中田は思った。

止めようとしていた人が、いなくなってしまった...。

森崎が見ていたもの

翌朝も、藤原の部屋は暗かった。

森崎は経営企画室の窓際に立ったまま、少しの間そこを見ていた。

藤原美鈴という人を、森崎はそれほどよく知っていたわけではない。経営会議で顔を合わせる機会はあった。報道一筋のキャリアで、中田を評価していると聞いていた。3月の役員フロアで、上田と森元に挟まれていた藤原の横顔を、森崎は思い出した。

あの日、藤原は何を考えていたのか。

森崎にはわからなかった。ただ——自分も、あの応接室で「ない」と二課の捜査官に答えた人間だった。引き出しの奥のコピーを、まだ誰にも渡せていない人間だった。

止められることと、止めないことの間に、どれだけの距離があるのか。

田所が「森崎さん」と何度か呼んでいた...。気づいて振り向くと、田所が少し困った顔をしていた。

「何でもない」と森崎は言って、デスクに戻った。

シグナルが出た夜

4月第4週。

その日は早めに帰宅した。
夜の「SYTニュース信陽」。森崎はリビングでそれを見ていた。

画面の中に、中田恵子がいた。

原稿を持つ手が、少し白く見えた。

それだけで、これが通常の原稿ではないと、森崎にはわかった。

「信陽建設株式会社および陽北土木による公共工事の談合疑惑について、SYT報道部は独自取材に基づき、次の事実をお伝えします——」

妻が隣で息を呑んだ。
森崎は画面を見たまま、動かなかった。

中田の声は、落ち着いていた。感情的なところが何もなかった。ただ、事実だけを読んでいた。それが——何より重かった。

放送が終わった。

妻が「大丈夫なの?」と言った。

「わからない」と森崎は答えた。でも、出た。

シグナルは、出た。もう誰にも止められないんだ、と森崎は思った。

ー つづく ー

 

作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda

小説、テレビ信陽〜第17話「クリアファイル」

*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。