It always seems impossible until it’s done.
小説、テレビ信陽〜第13話「差出人のない封筒」

小説、テレビ信陽〜第13話「差出人のない封筒」

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積み重なる符合

報道部の中田恵子が信陽建設の名前を最初に取材ノートに書き留めたのは、去年の秋のことだった。
きっかけは若手記者、村田からの小さな情報である。

中田が県の入札以外にも、信山市の公共工事の入札結果をチェックしていたとき、気になる数字があった。こちらでも信陽建設と陽北土木——この二社が、年度ごとに交互に大型案件を落札していた。金額の差は毎回わずかで、落札率が異様に高い。

県の入札と偶然とは言いにくい一致だった。

中田はそのデータを取材ノートの片隅に書き、赤いボールペンで丸をつけた。
報道部デスクとして日々の原稿を回しながら、それでも、この赤い印はずっと頭の隅に残っていた。

年が明けてからも、中田は取材に少しずつ動いた。

そして2月に入り、信山市の元市議会議員——談合疑惑に詳しいとされる人物——に接触した。その人物は最初、「昔の話だ」と言葉を濁した。しかし二度目に会ったとき、こんなことを言った。

「信陽建設の仕事は、昔からそういうものだ。ただ、最近は少し変わってきたみたいだがな」

「変わってきた、というのは?」

「中が割れてきた、ということだよ」

それ以上は言わなかった。
中田はその言葉を取材ノートに書き写した。

「中が割れてきた」

信陽建設の社内に亀裂がある、ということか、と中田は思った。

謎のイニシャル

3月中旬、中田に封筒が届いた。
社内便ではなかった。外封筒に、SYTの住所と社名、報道部、中田恵子とだけ書かれていた。差出人名はなかった。

中を開けると、コピーが数枚入っていた。

一見すると、経理書類のように見えた。日付は古いもので2000年代の初頭。信陽建設から代理店へ、代理店からSYTへ、SYTから外部制作会社へ——金の流れを示す書類だった。番組制作費の名目で動いた金の、その先が問題だった。制作会社の口座から、定期的に引き出されていた現金の記録。引き出しの目的は書かれていなかった。しかし引き出しのたびに行われた、信山市内の特定の政治資金団体への入金記録も続いていた。

中田はしばらく、そのコピーを見ていた。
これが本物なら——。

差出人が誰かは、わからなかった。しかし書類の形式、日付、金額の具体性——素人が作れるものではなかった。何より、自分がこれまで積み上げてきた状況証拠と、ぴたりと符合していた。

そして、送られて来た封筒の端に「K.T.」というメモ書きが薄っすらと読み取れた。

 

封筒が届いた夜、中田は一人でデスクに残っていた。
頭の中に、一人の人物が浮かんだ。

辻本一雄。元経理部長。嘱託。今月初めに急死した。
中田と辻本は廊下ですれ違う程度の関係だった。しかしある日、辻本が声をかけてきたことがあった。

「中田さん、あなたは信陽建設の取材を続けておられますか?」

唐突な問いかけだった。「少し調べています」と答えると、辻本はそれ以上何も言わず、会釈して去った。

その数週間後、辻本は急死した。自宅に仕事関係の資料は何もなかった、という話が経理部から漏れ聞こえてきた。

——封筒のK.T.の文字、あれは辻本から来たものなのか。
だとするならば、なぜ、こんなにも時間が経ってから届いたのか。
亡くなったのは2週間以上も前のはずだ・・。中田は辻本の訃報を知った日のメモを確認した。
中田にはわからなかった。わからないまま、書類を取材ノートに挟み、鞄にしまった。

報道部の灯り

3月も下旬に入り、中田は例の書類の裏付けをさらに積み上げていた。
しかし取材は止まっていた。

藤原から「今は待ってほしい」と言われていたからだ。梶田が報道部に来た日のことだった。「上田専務と森元役員が同じ方向を向いている状況で、私一人では防ぎきれない」——藤原の言葉は静かだったが、あれが事実上の停止命令だった。

中田は藤原を信じて待っていた。

しかし封筒の書類は、鞄の中にある。藤原にはまだ見せていない。
誰かがこれを渡したかった。それだけは確かだ。その誰かの意図を中田は無駄にするつもりはなかった。

その夜も、中田は一人で残っていた。

廊下の向こう、経営企画室の電気が消えていた。例のスキャンダルが出てから、報道部内の空気も変わっていた。高野社長は沈黙を続けていた。総務から「通常通り業務を」という通達が来ただけで、それ以上は何もなかった。

中田は取材ノートを開いた。
信陽建設。陽北土木。入札。代理店。制作会社。裏金。政治資金。

こちらのスキャンダルが世に出るとしたら、それはいつになるのか。誰が決めるのだろうか。
中田は赤いボールペンで、取材ノートの最後のページに一行だけ書いた。

「誰かが止めようとしている」

報道部の灯りは、その日もまだ遅くまでついていた。

ー つづく ー

 

作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda

小説、テレビ信陽〜第14話「黒沢という人物」

*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。