It always seems impossible until it’s done.
小説、テレビ信陽〜第10話「中計書Ver.2提出」

小説、テレビ信陽〜第10話「中計書Ver.2提出」

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最後の10日間

中計書Ver.2を完成させるのに、結局ぎりぎりまでかかった。
Ver.1から変わったことは、大きく三つある。

一つ目は、信陽県の産業構造を起点にした戦略の再設計。農業、食品加工、観光、地域流通——この四つから逆算して、「信陽でなければならない理由」を第一章に据えた。

二つ目は、Layer 3の数値目標の大幅な引き下げと、BtoGへの軸足の移動。防災、移住促進、シティプロモーション。キー局には入れない領域への集中。

三つ目が、森崎が最も時間をかけた部分だった。
SYTリテールメディア・プラットフォームの構想。その中に、SYTのクリエイティブ機能を活用したテレビ番組+テレビCMの制作に加え、そこでのQRコードを「CM枠ごと」に差し替え、視聴と購買を紐づける仕組みなどがある。POSシステムは統合できない代わりに、独自の「クーポンID」で流通を横断する。信陽の地域流通と地銀も入れば、東京や大阪の広告主が信陽に地域マーケティング予算を落とす理由ができる。

WBC2026をNetflixが独占中継するなどストリーミングが隆盛で、地上波テレビは過去の勢いを無くしてしまっている。しかし逆にいうと、リニアTV、特にローカルテレビは同じ時間、同じ地域に同じCMが流れる「時間同期メディア」でもある。

その特性を上手く使えば、どのCM枠を見て、いつ、何を買ったかがデータで示せる。視聴率という「見ていたかもしれない数字」ではなく、「見て、動いた」という証拠になる。その仕組みをこの信陽エリアでSYTが作り出すのだ。

それは、森崎が20年間売り続けてきたものの根拠を、初めて自分の手で作ることでもあった。

提出の前夜、中期経営計画書のVer.2を最初から読み直した。

途中で手が止まった箇所が一つある。視聴指標の再定義を盛り込んだセクションだ。「何をもってSYTが地域に貢献したと言えるか」という問いを、KPIの欄ではなく、ビジョンの節に入れた。数字では測れないものを計画書に入れるのは邪道かもしれない。ただ、入れずにはいられなかった。

翌朝、森崎は経営会議室のテーブルに役員分の中計書Ver.2を並べた。

 

高野社長の言葉

経営会議での二度目の中計書提案は、1時間で終わった。

Ver.1のときのような長い沈黙はなかった。上田専務は「堅実になった」と言った。藤原局長は「BtoGの部分、報道(制作)局とも連携できる」とうなずいた。森元役員は「リテールメディアの構想、地銀との具体的な交渉はいつから始められるか」と迫った。
高野社長は最後に口を開いた。

「通る計画書になったな」

それだけだった。それ以上の言葉はなかった。ただ、そのひと言の重さは、森崎には十分だった。

会議室を出るとき、高野が森崎を呼び止めた。

「森崎くん、少しいいか」

廊下の端で、二人になった。

「LABは、検討のままにしたんだな」

「はい。まだ判断できていません」

高野はしばらく窓の外を見た。陽北市の昼の風景が広がっていた。

「それでいい」と高野は言った。
「検討、という言葉には、断る権利も含まれている」

その言い方が、少し奇妙だった。LABへの参加を、なぜ「断る権利」という言葉で言うのか。
森崎が何か言おうとする前に、高野は「お疲れ様」と言って廊下を歩いていった。

 

田所の一言

経営企画室に戻ると、田所蓮がパソコンから顔を上げた。

「どうでしたか?」

「通ったよ」

「よかったです」と田所は言った。それから少し間を置いて、「そういえば」と続けた。
「今朝のニュース、見ました?東海地方のローカル局の社長が辞任したって。スキャンダルらしいんですけど」

「そうか」と森崎は言った。

「なんか突然だったみたいで。業界ってそういうこと、多いんですかね」

「多くはないと思うけど」と森崎は答えた。「ないわけでもないな」

田所はそれ以上は言わなかった。森崎もそれ以上は考えなかった。
少なくとも、その日は。

 

引き出しの中

その夜、森崎は引き出しを開けた。

クリアファイルの中のコピー。株主名簿。信陽建設の持ち分変化。陽信投資事業有限責任組合。YGMキャピタルマネジメント。黒沢哲也。さくらTVホールディングス。

中計書Ver.2は提出した。それは終わった。

しかしこのコピーは、まだ引き出しの中にある。
捜査二課に「ない」と答えた言葉も、まだ森崎の中にある。

いつまで、ここに置いておくのか。
答えが出る前に、スマホが鳴った。

画面には「高野社長」とあった。

「森崎くん、明日の夜、少し時間があるかな。少し君と話したいんだ」

高野社長から、直接電話がかかってくることは珍しかった。

「はい」と森崎は答えた。

その電話が何を意味するのか、まだわからなかった。
ただ、廊下で高野が言った「断る権利」という言葉が、もう一度頭の中で鳴った。

 

 

ー つづく ー

 

作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda

小説、テレビ信陽〜第11話「社長との夜」

*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。