It always seems impossible until it’s done.
小説、テレビ信陽〜第9話「県警の捜査官」

小説、テレビ信陽〜第9話「県警の捜査官」

葬儀の後

辻本一雄が亡くなってから、1週間が過ぎた。

葬儀は慎ましく執り行われた。役員数名、現役時代に特に親しかった同僚OBが数人。喪主は離れて暮らす一人息子で、急な知らせに慌ただしく駆けつけてきたという。近親者のみの式だったと、総務部を通じて社内に伝わった。

67歳。嘱託社員の心臓発作。独居の自宅で倒れ、翌朝発見される。

悲しいことではあるが、珍しいことではない——社内の多くの人間はそう受け取っていたはずだ。森崎も、表向きはそう思おうとしていた。

ただ、辻本のデスクから書類とデータが消えていた件は、その後も尾を引いていた。クラウド共有されていた経理関係のデータの大半は無事だったが、辻本が個人的に管理していたとみられるファイルのいくつかが見当たらないらしい。自宅からも出てこなかった。経理部では「辻本さんは几帳面な方だったから、整理して捨てたんじゃないか」という話も出ているようだったが、誰もそれを確認する術はなかった。

 

捜査二課

県警の捜査官が訪ねてきたのは、辻本の死から4日後のことだった。

最初に応対したのは総務部だった。テレビ局への警察の訪問はそれ自体は珍しくない。
SYTは地域の報道機関であり、捜査関係者との接点は日常的にある。
ただ、今回の来訪者を聞いた総務部長の顔が、少し変わったと後から聞いた。

捜査二課が来た。

捜査二課が担当するのは、詐欺、横領、背任、贈収賄、談合——知能犯と呼ばれる経済犯罪の領域だ。

当初は経理部と総務部が対応していたが、2日後、森崎にも声がかかった。

 

小さな応接室で

呼ばれたのは、総務部フロアの奥にある小さな応接室だった。

向かいに座った捜査二課の刑事は、50代とおぼしき、ガッチリした体型の男だった。
名刺には「信陽県警察本部刑事部捜査第二課」とある。もう一人、若い刑事が隣に座り、手帳を開いていた。

「経営企画室の森崎さんですね。お時間をいただきありがとうございます」

口調は穏やかだった。威圧的なところは何もない。ただその穏やかさが、森崎には少し落ち着かなかった。

「辻本一雄さんとはどのようなお付き合いでしたか?」

「業務上の関係です。月次の財務諸表やキャッシュフローの報告、株主名簿の管理など、経理部と経営企画室の間で書類のやり取りがありますので」

「最後にお会いになったのはいつ頃ですか」

「亡くなる、2週間ほど前だったと思います。廊下でたまたますれ違いました」

「その際、何かお話をされましたか」

「いえ、会釈した程度です」

「一番最後にお話しされたのは?」

「1ヶ月ほど前、株主名簿の定例更新の件で経営企画室に来られました」

「そのとき、どんなお話をされましたか?」

森崎は一瞬だけ、引き出しの奥のコピーを思った。信陽建設の持ち分が0.3ポイント下がっていたこと。陽信投資事業有限責任組合。YGMキャピタルマネジメント。さくらTVホールディングス。
ただ、株主名簿は、役員や株主であれば誰でも閲覧できる書類だ。あのとき、辻本が持参したコピーも、それ自体は特段の機密情報ではない。それよりも、自分はその件について何も動いていないことを言いたくなかった。動いていないということは、何も知らないのと同じだ——。

「株主名簿を受け取った以外は、特に」と森崎は言った。
「定例の業務の話だったと思います」

刑事は何も言わなかった。ただ、少しの間を置いてから、次の質問に移った。

「辻本さんから、何か預かっているものはありますか。書類でも、データでも」

森崎の背中に、薄い緊張が走った。
「預かっているものですか。株主名簿のコピーならありますが」

「それ以外には?」
「資料でも、メモでも。辻本さんが誰かに何かを預けた可能性があって、確認しています」

「ありません」と森崎は言った。

その言葉を口に出した瞬間、引き出しの奥のコピーが、重さを持ったような気がした。

——株主名簿のコピー以外に、「とある登記簿のコピーを預かっている」とは言えなかった。おそらく、辻本はあのとき置いていっただけで、誰かに渡したとは言っていないだろう。そもそも株主名簿も登記簿謄本のコピーも、ある意味、誰でも見られる情報だ。そう、森崎は自分に言い聞かせた。

「そうですか。わかりました」

刑事は手帳に何かを書いた。それ以上、この話は続かなかった。

「では、今日のところはこれで」そう言うと、刑事たちは帰っていった。

 

 

廊下の空気

応接室を出ると、廊下に総務部長が立っていた。

「どうでしたか」と彼は小声で言った。

「特に何も」と森崎は答えた。「辻本さんの業務上の関係を確認されただけです」

「そうですか」と総務部長は言ったが、その顔には安堵よりも何か別のものがあった。
「捜査二課が来るというのは、やっぱり妙ですよね」

「何の件で来ているか、聞きましたか?」

「いえ」と総務部長は首を振った。「そういうことは教えてもらえないので」

森崎はその場で頷いて、自分のフロアへ戻った。

 

その日の夜

経営企画室に戻ると、田所蓮がデスクでパソコンを開いていた。

「お疲れ様です。県警の方、来てたんですか?」

「ああ」

「何の件でしょう。でも——」と田所は少し声を落とした。「実は昨日も来てたみたいで。今日とは別の方が」

「昨日も?」

「総務の人から聞いたんですが、捜査一課だったらしいです。辻本さん、病死と聞いているのに一課が来るって、なんかあったんですかねー」

森崎は少し間を置いた。

「今日来たのは二課だよ」

「二課……」田所は何かを言いかけて、やめた。

「こっちも辻本さんの件だろうと思う」と森崎は言った。それ以上は言わなかった。

田所も、それ以上は聞かなかった。

森崎はデスクに座り、引き出しを開けた。奥から、クリアフィイルに入ったままのコピーを取り出した。

 

一課と、二課。

捜査一課が来るということは——病死として処理されているが、その前提を警察自身が確認しようとしているということか。あるいはすでに、病死ではないと疑っているということか。

答えは出なかった。自分には材料がない。

ただ、あの応接室で「ない」と答えたとき——このコピーの重さが、少し変わった気がした。
Ver.2の締め切りは、あと8日だった。

ー つづく ー

 

作:楳田 良輝|Yoshiteru Umeda

 

 

*本小説はフィクションです。出典・引用などを除き、登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。