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線引き、というブラックボックス
テレビCMの作案(CM掲出案)、いわゆる “線引き” は、現場の経験や慣習に大きく依存しています。現在でも曜日・時間帯・番組との相性、過去の出稿履歴、ターゲット層の感覚的な把握──こうした非構造的な知識と経験が積み重なり、「このクライアントならこのあたりに出すのがベター」という “職人芸” のような判断が日々行われています。
一方で、テレビCMを取り巻く環境は大きく変化しています。視聴行動の多様化、ターゲット指向の強まり、さらにはCTVやリテールメディアといった新たな接点との競合も増えています。広告主の立場から見れば、「なぜこの番組なのか」「なぜこの時間帯なのか」といった “理由” や “根拠” をこれまで以上に求めるようになってきています。にもかかわらず、“線引き” は依然としてブラックボックス のように思えます。そこにテクノロジーの手が届いていない理由は、単にシステム化が遅れているからではありません。作案という行為が、「数値」と「意味」を同時に扱わなければならない、非常に繊細なプロセスだからです。
こうした状況の中、生成AIと数理ロジックの組み合わせが、この構造に対して新たな突破口をもたらし始めています。
現在のGRP取引(述べ視聴率による取引)そのものも、生成AIによって可視化・自動化することが可能になってきました。それにより、作案の効率や精度を大きく向上させることができます。そして、その先にこそ「総量評価によるインプレッション取引」という、本質的な変革の道筋が見えてくるのです。
– このプログラBLOGの3つのポイント –
- 属人化した「線引き」の限界:経験と勘に頼るテレビCMの作案はブラックボックス化し、広告主が求める「なぜ、そこに出稿するのか」という説明責任に応えられなくなっている。
- 解決策は「AIとロジックの協業」:「数理ロジック」が最適な配分を計算し、「生成AI」がその根拠を言語化・意味づけする。この相互補完が、作案を “職人芸” から “説明可能な戦略” へと進化させる。
- 未来への橋渡し:この変革は、現在のGRP取引を高度化するだけでなく、その先にある「インプレッション取引」への移行を現実にするための、不可欠なステップとなる。
GRP作案の限界と、変わらない現場
多くのテレビ局では、いまもなお「GRP○%達成をするための線引き作業」の多くは、人手によって行われています。極論すると、何らかのテンプレートに過去実績を貼り付け、時間帯ごとに番組やCM枠を当てはめていく──そんな風景は、決して珍しいものではありません。
一見、合理的な積み上げ作業のようにも見えますが、実際には「数字合わせ」が目的化してしまうことも少なくありません。本来、GRPは “ターゲットへの到達度” を示す指標であるべきですが、視聴率や前年比をクリアすることに意識が集中し、「誰に届けるか」「どう届けるか」という本質的な議論が後回しになることさえあります。
さらに、作案プロセスは多くの場面で属人的であり、それらをサポートするシステムは進化して来てはいるものの、担当者の経験に大きく依存しています。過去の成功体験に基づいた「この業種は朝帯に強い」「このクライアントはあの番組がお好み」といった知見が蓄積されている一方で、その判断の背景が共有されず、再現性も担保されにくいという課題もあります。
このような状況において、生成AIは “新しい可視化の道具” として非常に有効です。番組ごとの出稿傾向や視聴者属性をもとに、「なぜこの番組が選ばれているのか」を言語化し、作案の意図を共有可能な形に整えることができます。生成AIは、データ上にある文脈的な関連性を捉え、“なんとなくの判断” を “言葉による説明” へと翻訳してくれるのです。
しかし、そこにもうひとつ必要な要素があります。それが「数理ロジック」です。たとえば、複数のキャンペーンが同じ時間帯を希望していた場合、どちらを優先するのか? 番組ごとに設定されたCM枠の上限をどう配分するか? そうした “線引きの現実的な調整” は、数値に基づく配分モデルなしには成立しません。
このとき、過去の出稿実績や視聴率データをもとに、Pythonなどを使って計算された “最適配分案” に対して、生成AIが「その意味」を補完します。つまり、数値による最適化と、言語による説明が協業する──それが、作案の新しいかたちとなるのです。
生成AIと数理ロジックの協業が突破口に
GRPによる線引き作業の効率化において、生成AIと数理ロジックの連携は単なる “便利なツール” ではなく、構造そのものを変革するための中核的な仕組みになり得ます。
まず、生成AIは「作案の根拠」を明示することに長けています。たとえば、「なぜこの商品は月曜夜の番組に出稿されているのか?」「どの時間帯がこのターゲットにとって効果的か?」といった問いに対して、過去の出稿傾向やターゲット属性を踏まえた説明文を提示することができます。この機能は、広告主に対する説明責任や社内共有において、非常に価値のあるものです。
一方で、数理ロジックは「配分の現実解」をつくり出します。限られたCM枠の中で、複数のキャンペーンをどう効率よく割り振るか。視聴率やターゲットリーチ、重複の回避、想定インプレッションの最大化など、さまざまな条件を加味しながら「最適解」を導き出すためには、Pythonなどを用いた計算処理が必要不可欠です。
このふたつを組み合わせることで、「説明できる最適化な作案」が実現します。たとえば、複数のキャンペーンが希望する曜日・時間帯に集中した場合、数理ロジックによって優先順位を定めながら、生成AIが「その判断がなぜ妥当か」を説明する。これにより、作案が単なる作業ではなく、「戦略」として再定義されるのです。
そして、こうした構造が明らかになることで、「GRP取引ではなく、総量評価型のインプレッション取引に移行すべきではないか」という議論にも現実味が帯びてきます。作案の中身が可視化され、合理的に説明できるようになれば、配分の基準を「視聴率」ではなく「インプレッション数」に置き換えることも、無理のないステップとして受け入れられるはずです。
つまり、生成AIと数理ロジックの協業は、現在のGRP作案を効率化する手段であると同時に、未来の取引構造への “橋渡し” としての役割も担っているのです。
意味づけと説明の生成
最後に、生成AIがその配分結果を「戦略的な作案」として言語化します。「この配分はなぜ適切なのか」「どの時間帯にどの層に届くのか」「競合回避や生活導線をどう考慮したか」など、従来であれば広告会社の営業担当が口頭で補足していた内容を、生成AIが論理的な説明文として出力します。社内資料や広告主への提案書としてもそのまま活用できます。
このように、生成AIと数理ロジックを併用することで、作案は「属人的な暗黙知の作業」から「再現可能で説明可能な戦略行為」へと進化します。そしてこれは、GRPベースであれ、インプレッションベースであれ、すべての作案における “ベースライン” になりうる仕組みなのです。
ある家電メーカーの出稿傾向から見る変化
たとえば、ある家電メーカーの4Kテレビ新モデルに関する出稿データを分析すると、興味深い傾向が見えてきます。該当ブランドは、平日朝の情報番組から昼帯のワイドショー、さらにはゴールデンタイムのエンタメ番組に至るまで、非常に広範な時間帯にCMを出稿していました。一見すると「とにかく幅広く出している」ようにも見えますが、生成AIを活用して出稿パターンを解析し、その出稿意図を言語化してみると、そこには明確な戦略が浮かび上がります。
たとえば、朝帯は通勤前の男性層に向けてブランド想起を促し、昼帯では主婦層を意識した商品訴求、夜帯はファミリー層への関心喚起といった、時間帯ごとの視聴層に応じたメッセージの重ね掛けがなされていることがわかってきます。
さらに、Pythonによる最適化アルゴリズムを活用したシミュレーションでは、同じGRP目標をより少ない出稿量で達成できる可能性が示されます。たとえば、昼帯の一部枠は視聴率が高いものの、想定ターゲットとの親和性がやや低く、他の枠に置き換えることでターゲット到達効率が改善されるといった配分案が導き出されるのです。これらの分析結果を生成AIが自然文としてまとめ直すことで、「どの番組に、なぜ出稿するか」が、広告主や営業担当にも直感的に理解できるようになります。従来は担当者の感覚や経験に頼っていた作案も、いまや定量的かつ説明可能な形で “見える化” されつつあるのです。
このように、実データと生成AIを組み合わせた試みは、GRP作案の延長線上に、すでに “インプレッション取引の土台” が育ちつつあることを示しています。まずは既存の取引構造の中で精度と説得力を高める。そして、準備が整ったところで、次なるフェーズへ──。それが、無理なく現実的な進化の道筋なのではないでしょうか。
テレビ局にとっての「線引き再定義」とは
生成AIと数理ロジックによって、作案という業務の中身も大きく変わろうとしています。これまで属人的だった “線引き” の作業が、再現可能で説明可能なプロセスへと置き換わることで、テレビ局や広告会社が提供できる価値そのものも見直されるタイミングが来ています。
これは単なる「効率化」の話ではありません。作案という仕事が、いま再び「戦略的思考」としての役割を取り戻しつつあるのです。番組の背景、視聴者との関係、生活導線や購買心理──そういった非数値的な要素を踏まえた上で、生成AIは過去の傾向や文脈を参照しながら、人と共に “意味のある線引き” へと昇華させるための支援ができるようになってきました。
全国一律の変革ではなく、むしろローカル局や独立局など、現場の裁量が活きる局面から導入が進んでいくかもしれません。属人的な作業が残る今だからこそ、AIとロジックの “補助線” が新しい価値を示してくれる──そんな変化を、今こそ現場から共に試していく時期に来ているといえるでしょう。
Programmatica Inc.
Yoshiteru Umeda|楳田良輝